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(13) 鳩が竿を・・・

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5月半ばの休日、木材港の突堤で久しぶりにHさんと隣り合わせとなった。お互いパッとしない時間が過ぎて正午前になると、Hさんは道具をすべて堤防に置いたまま昼食を摂りにご自分の車に帰られた。

 

Hさんがいなくなった途端、数羽の鳩が道具の周りに集まり散らばったパン粉をついばみ始め、バケツに入った団子も区別なく食べ放題の状態になってしまった、のだろうと思われる。普段、爆弾釣りをする人たちは用足しなどでその場を離れる場合、爆弾バリがむき出しでは危険なことを心得ているので無造作に放置したりしない。だから無意識にというか、何となく団子のバケツの中に仕掛けの針を入れ隠す。

 

かねて、鳩が一斉に飛び立つ音は聞きなれている。その時も鳩が一斉に飛び立った。でもそのあとも、するはずもない羽ばたきの音が断続的に聞こえた。いつもとは違うと感じ、やにわにその羽ばたきの音がする方に目をやると、こともあろうに一羽の鳩が爆弾バリの仕掛けに絡まって、それから逃れようとバタバタしているではないか。バタバタすればするほど爆弾バリはあちこちに刺さるはずだ。どうか暴れないでおとなしくじっとしてくれ。とそんな思いが通じるわけもなく、鳩は糸を引きずったまま高く舞い上ろうとする。しかし、オモリや竿の重さでバランスを崩し堤防に落下、それでもなお逃れようとするが仕掛けが絡まったままなので同じ事を繰り返している。そして、鳩が外側の海の方に向かって飛び出し、糸に吊られ竿が引きずられズルズル堤防を這い、遂には堤防から海に落下。竿の重みで糸に引っ張られ鳩も落下、海面でバタバタ。竿は沈んでいく。あれよあれよという間におおごととなったのである。Hさんの竿とリールは、十数万円すると聞いていたので、なおさらである。

 

海に完全に浸かった鳩だったが、何とか海面から飛び立てたのだが、海の中に沈みつつある竿と、糸でつながったままだから上空に舞い上がろうとしてもどうしても引き戻される。生命力の凄まじさよ、それを何回か繰り返すうち、糸に引きずられたままの鳩が堤防まで舞いもどることができ堤防上に落下。ここで初めて、鳩を助けることができると判断した私は、バタつく鳩を抑えに駆け寄る。近くにいた少年も駆け寄り、竿がつながったままの道糸を手繰り寄せ始めた。このままだと、竿先がヤバイ、と思ったが鳩を助けたい一心で、まず鳩を押さえにかかったのである。

 

魚釣りをするから言えた義理ではないが、筆者は、猫を3匹飼っているので動物が悲惨な目に合うことに対し、やめてーかわいそう、助けたい、という思いは強い。いつもは、釣り人の足元まで平気で近寄り遠慮もなくパン粉をついばむ鳩だが、人の手のひらから餌を摂ることは絶対になかったので、かなり抵抗するかと思いきや、体力を使い果たし、もう一飛びする力もなかったのだろう、すんなりと両手に納まった。全身が塩水でびっしょりぬれていた。必死に羽ばたき続けた鳩の体温と心音が手のひらに伝わる。複数の爆弾バリが体のあちこちに刺さっているのではと心配したが、幸いにも鳩の片足にオキアミを付けるための10数センチの長さのハリスが一回転だけ巻き付き、単純にその先の針がハリスにチョンと掛かっていただけだった。つまり7本の針は、鳩のどこにも刺さっていなかったのである。でも、両手がふさがった状態では、鳩の足に絡まった糸を外すことが出ない。しかも、すぐそばで糸を手繰り寄せきった少年は、竿先を持とうとしていた。その持ち方は、一発で竿先が折れるであろう持ち方になろうとしていた。少年に何と言って竿の持ち方を制したか覚えていないが、とにかく、竿先が真っ直ぐ天に向かうように引き上げられ無事折れずに済んだのである。筆者は少年に対し、Hさんに代わり何度もお礼をした。少年の理解力も称えた。持ち主が戻れば本当に感謝されるだろうと付け加えた。その後、少年の母親と思しき方がやってきて、両手が鳩でふさがった状態を見て鳩の足から糸を解いてくれた。そして、「ウオリャー」と鳩を高く放り上げ、そこにいたみんなの笑顔で見送った。

 

 

 

小一時間して、昼食を摂り終え戻ってこられたHさんは、あのおおごとの事件を知る由もなく、何事もなかったかのように釣りを再開されたのである。しばらくしてからHさんに鳩の一件の一部始終を話したのだが、穏やかな日常に戻ってからの時間が経ち過ぎてしまい、何事もなかった感が邪魔をしたのかもしれない。Hさんは少年に対しても筆者に対しても感謝のかの字もなかった。その少年はというと、こちらを気にすることもなく遠くで家族と釣りを楽しんでいた。