(5)クロの捕食活性に、日ムラがあると感じるのは私だけではあるまい。

私の中では、このバネカゴの実力に確信らしきものを感じてはいるが、とはいうものの、エサ取りすら見当たらない日とか、または、付けエサが見向きもされずそのまま戻ってきて、まったくアタリがない日すらある。2016年1月30日土曜日と、31日日曜日は、そんな日だった。

 

また、日付ははっきり覚えていないが、午前中に足裏を1匹上げてから、パタッと何もアタらなくなったこともある。金魚も見当たらなくなった。その日の夜のニュースで、副振動が県内各所で発生したと報じられた。そういえば、その日午後一番に堤防の袂まで用足しに行って戻るときに、とにかく大きな海面の盛り上がりを目撃した。おそらく、150m四方はあったと思うがその盛り上がりがゆっくりスライドしていくのが見えた。そのあとパタッと何もアタらなくなったのである。

 

2月6日、20日、21日は、草フグに邪魔され皆早々に切り上げていた。

 

 

 

バネカゴをもってしても、そんな日は、どうすることもできない。所詮、撒餌が付けエサに的確に同調できているだけのことである。

 

しかし、そんなまったく見向きもされない状況でも、不思議と木っ端グロ(大物が混じることはないが)を釣るフカセの釣り師を見かけることがある。テレビの釣り番組で見るような、デカい釣り具メーカーのロゴが目立つ、いかにもの見た目や装備である。おそらく、瀬渡しの釣行前に仕掛けなどのフィールドテストをしているのか、アタリの感覚を確かめてるのか、よく分からないがそのような感じに見える。撒き餌の配合に砂や、特別な何かを配合させて寄せるているのだと思うが実のところは分からない。

 

テレビの釣り番組でよくある本格的な瀬渡しのクロ釣りの撒餌は、それはそれは豪華で大量である。折角の大金を掛けての釣行だから、喰い渋りの状況だろうが、外道やエサ取りに邪魔されようが、何とかして本命のクロを寄せるためにはベストな餌を準備することになるのだろう。

 

フカセは、撒き餌で寄せて釣るのだから、クロを引き寄せた先客がいれば、その上流についてしまったら釣れる確率は下がる。しかも、先客の餌が良ければ尚更である。こちらは、パン粉1kgに対し、一番安い集魚剤を二すくい程度混ぜただけである。ここに研究の余地があるとはいえども、お金はかけたくないのでこれはもう曲げるつもりはない。

 

日ムラについて、何人かの方に聴いてみたことがある。甑で他の人が20枚程度の時に、50枚釣ると豪語するおじさんに教えを乞うたときは、確かに日ムラはあると仰った。何をどうしようがまったく処置なしで、付けエサがそのまま帰ってくる、そんな日があるとのこと。道糸が上層(海面に浮く)か、中層か、下層(海底に沈みこむタイプ)かによっても、その日により変えるそうだ。そんなことは始めて知った、奥が深い。

 

 

 

爆弾釣り師のHさんも、そんな日があるとのことだった。

 

あまりにも釣れないので、こうやって少し、ほっとしたくもなる。なぐさめずにはいられない。自然は偉大だから、と。

(4)行く先々で、何だあの仕掛けはという顔をされた

一時的に惹かれた爆弾釣りから、元のバネカゴ仕掛けに戻った私は、江口浜、瀬々串港、木材港と釣行を重ね、そのいずれでも徐々に大物が釣れるようになっていった。他のベテランのおじさん達が、小物しか釣れない状況でも、私だけが足裏サイズを数釣りするものだから、目立った。

 

当然、このバネカゴ仕掛けがどうなっているのか気になるようで、終始周りの目線を感じた。中には、遠巻きに眺める人もおれば、ずけずけ聞いてくる人もいた。そういう人には、隠すことなく丁寧につい自慢たらたら教えることになった。しかし、スカリに入れた大物クロは、持ち帰っても生きている。これを絞めなければならない。本当にかわいそうになるほど嫌な瞬間である。これを、毎回5,6匹絞めるわけだから、おのずと自然に対する畏敬の念を感じたし、こんなに釣れる仕掛けを、他人に教えてみんながマネしたら、クチブトクロは、絶滅しかねないと思うほどだった。本気でそう思ったほど、バネカゴの威力は明確に結果を出した。これほど釣れると、釣りを極めた感が出てきて面白味が薄れ飽きがきたし、また、クロをどう料理してもこう立て続けでは、いい加減その味にも飽きてしまい、次の休みには釣りに出かけなかったほどだった。

 

 

 

この仕掛けの最大の特徴は、撒餌同調がもたらすところの、投入のたびにクロのアタリを見極めるチャンスが来ることだと思う。はじめの内は、ウキが海中に沈み込んで浮き上がってこない時間が1,2秒を超えたら合わせを入れていたが、合うことはまずなかった。遠くの円錐ウキを見てこの判断をするのは至難の業である。何故ならクロは、餌をくわえても違和感を感じたとたん吐き出してしまう。だから、ウキが海中に沈み込んで浮き上がってこない時間が1,2秒を超えた場合に合わせを入れても、既に吐き出していることが多いのである。最初のアタリで大きく合わせを入れてしまうと、せっかく同調している撒き餌の流れから、付けエサが大きく外れてしまい、その回は仕掛けを上げざるを得なくなる。その場合大抵、付けエサは形を半分以上残していることが多かった。だから、ウキが海中に沈み込んで浮き上がってこない時間が1,2秒を超えても、またその回数が何回あっても、絶対に合わせを入れずに待つのである。とにかく待つのである。何を待つかといえば、手前に見えている道糸が引き込まれるのを、いやもっと言えば、竿先が引っ張られるのを待つのである。つまり、結論は、合わせを入れる必要はないのである。例外もあるかもしれないが、実際、ウキの沈み方から判断すると、クロは深いところから餌めがけてかなりのスピードでひったくる様に捕食するようだ。だから、針が口に掛かるかどうかは、たまたまエサをクロがどの方向から口に含んだかによるクロ任せの確率の問題なのだ。ちなみに、私の針はかわせみ針(チヌの金)0.8号100本入を使っている。

(3)つい爆弾釣りに惹かれ、そして得たもの

このバネカゴ仕掛けでの釣行は、2015年10月頃からである。この仕掛けに採用した円錐ウキは1号、現在のフカセ釣りの流行りから言うとかなり鈍感な方と言えよう。「0」、「00」、「G」、「B」と感度がある中で、1号は鈍感すぎてどうなのかと不安だったが、このバネカゴ仕掛けでは、1号未満では沈んでしまい致し方なかった。

 

木材港で出会ったHさんは、いわゆる爆弾釣りの名人であり、私の目の前で、羨ましいほどアタリを楽しんでおられた。木っ端や手のひら程度がガンガン釣れるのである。その頃はまだ、自分のバネカゴ仕掛けが半信半疑だったので、即、爆弾釣りに惹かれた。

 

次の釣行では、Hさんから、爆弾釣りの仕掛けや、エサ(団子)の配合、素早く針に餌を付ける方法など詳しく教えていただいた。情けないが、その次の釣行からは爆弾釣りに転向したほどだった。Hさんは、オモリの重さで遠投されていたので、その手作りのウキはおそらく、5号以上だと思われた。爆弾針も手作りで、6本針を結んでいたハリスは、いくら使い続けてもよじれないパッツンパッツンの固いハリスだった。何とかというメーカーの何号かまで口にされたが、触らせていただいた手触りの感覚で早速、適当に5号を購入し手作りした。(実際Hさんが使用しているハリスは8号程度だと思う。)そして色々試したが、なかなか大物は釣れなかった。よくよくHさんから話を伺うと、Hさんのホームグランドは、なんとウィークデーに行く瀬渡しの桜島で大物をゲットしているのだと仰る。いつもお会いしている堤防(木材港)は、手作りのウキ等のテスト釣行であるとのこと。何ともガッカリした。これではこの堤防での爆弾釣りは、大物はほとんど望めないらしいことがわかった。(周りの他の爆弾釣り師が、大物をゲットしたところを見たことがなかった。)

 

しかし、私のバネカゴ仕掛けでは確かに、この堤防で33センチオーバーをゲットできたのである。思い返せば、Hさんは私のバネカゴの仕掛けについてかなり興味をもっておられたような気がする。何故なら、お会いするたびにバネカゴの釣果や、仕組みやその調整方法についてお尋ねになられていたからだ。やはり、このバネカゴ仕掛けは、なかなか的を得ていたのかもしれないと、私の中では確信に変わりつつあった。しかも、爆弾釣りの感度の悪い5号以上のウキであろうとパッツンパッツンの針付け用の8号のハリスであろうとクロの食い付きにはあまり影響しないのだということも学べたのである。

(2)バネカゴ仕掛けの誕生

左肩を壊した(腕を回す動作において激痛が走る)ので、もちろん治療にために色々通った。整形外科は3件、整体も3件替えた。ある整形外科では、ヒアルロン酸を肩関節の間に1週間に1回のペースで4~5回ほど打ってもらったが、打った直後の数十分だけの一時的な気休めだった。飲み薬「リリカ」は、痛みは和らいだが、フラフラするなどの副作用が強く、服用は続かなかった。整体は、痛いのは肩だけなのに、どこも同じメニューで料金の割には効果はなかった。自然、肩の治療は諦めた形となった。

 

だったら、釣りそのものを止めればいいのだが、それはそれ、止められないのが人情というもので。とにかく、大物クロを釣り、皮を焼いて刺身に引いて食べたい私は、たとえそれが見苦しかろうが、恥ずかしい邪道と言われようが、何が何でも仕掛けと撒餌を同調させるにはどうするかを考えなければならなかった。

 

 

 

杓を使わずに撒餌を打つためには、撒餌を仕掛けと一緒に同時に投入する方法があるが、その場合、仕掛けそのものが大仕掛となる。一般的には、大きな遠投ウキ(8号以上)と、撒餌用の天秤カゴと、その中身の撒餌、オモリなど、かなり大きな重量仕掛けとなってしまう。当然、竿も太いものでなければならなくなる。

 

私が目指したのは、そうではない。あくまでも、完全フカセ(杓で撒餌を打ってクロを上中層に寄せて釣る)である。これまで、杓で撒餌を打っていた時に用いていた1.5号の竿(4.5m)と、アタリの取りやすいできるだけ感度の高い円錐ウキはそのまま使うことにして、撒餌を一緒に投入できないか。しかも、お金も時間も掛けずに。

 

そこで、撒餌カゴに採用したのが、昔、父が遠投カゴに使っていたバネカゴ(ほぼタマゴの大きさ程度)である。このバネカゴの中心には、大きなオモリが通してあるが、これを何とかして外して、バネそのものの重さだけにし、更に、そのバネだけの重さもゼロ(マイナス)にするために、オモリの代わりに発砲浮き玉を通して、沈まないように調整した。これをウキの下に可動式(アタリに影響を与えないようにするため、サルカンやウキスイベルで取りつけ、スルスル)にした。また、海面に投入直後、さっと撒餌がバラけて、ウキが沈んでしまわないようにするため、撒餌は練らずにほんの少し湿らす程度に混ぜ合わせた。また、バネカゴの前後にからまん棒で可動域を調整できるようにした。これらを実釣で調整しながら改良を重ねた。

 

バネカゴ第一号の釣行初日で、33センチオーバーが1匹釣れた。この日大物が釣れた最大の要因は、今思えば、自分が思うように撒餌投入のバネカゴの調整ができた結果、タナ合わせについてだけ集中できたからだと思う。つまり、これまでタナ合わせは、確たる実証を得ていない、まったく当てずっぽうだったので、最初タナが深めで、真鯛の子やベラしか釣れず、はっと閃いて一ヒロ半まで浅くして、やっとクロのアタリらしきものを見極められたのである。でも、33センチオーバーが釣れたという事実が伴ったにもかかわらず、その時はまだ、このバネカゴ仕掛けが功を奏したとは感じてなかった。まぐれだと思っていたし、むしろ邪道で、恥ずかしく、見られたくない気持ちの方が強かった。

(1)2016年は元日から釣り場に居た。

元日にふさわしい雲一つない日本晴れである。目の前には、桜島をバックに中国の大型観光客船が停泊し、正月らしい邦楽や歓迎の音楽が繰り返し流されている。普段は、遠投、爆弾、フカセ等のクロ釣りや、エギング、ルアーなどでにぎわう堤防である。しかも日差しはぽかぽか暖かく、ベタ凪ぎである。にもかかわらず、クロ釣りは自分ひとりだけだった。元日に魚釣りするのは生まれて初めてで、何となく罰当たりな気がして後ろめたさはあったのだが、来て見てびっくり、案の定恥ずかしいほど一人っきりだった。しかし天気と大型客船は、演出的には最高で次々と見物人が訪れ記念写真を撮っていた。家族を大事にしない、よほどの暇人と思われたに違いない。例年、元日の夜は兄弟家族が実家に集まることになっているが、いつも弟が買ってくる刺身を、クロを釣ってくるから要らないと言い切ってのことだった。

 

4時間程度の釣果は、足裏以上2枚、手のひら3枚。いつものように爆釣したのである。母は、鱗を取っても、内臓を取り除いても跳ねるクロの生命力に参っていた。大皿に盛った皮を炙ったクロの刺身は、以外にみんなに好評で一切れも残らなかった。

 

 さて私のクロ釣りは、小学生の低学年のとき、親父との串木野への釣行から始まる。当時は、今ではごく普通になった配合撒餌や、付けエサのオキアミなどは無く、難儀なことに前もって川でモエビを大量に獲り生かしておき、それを撒餌と付け餌にした。長崎鼻公園の岩場の海面がすぐそこにある足元で、足裏サイズが入食いだったことを覚えている。その頃のエサ取りは、もっぱらコバルトブルーという熱帯魚だった。今の餌取りといえば、金魚(念仏鯛)だが、当時はまったく見かけることはなかった。

 

大人になってからも一時、クロ釣りにはまっていたこともあったが、釣果はほとんどボウズだった。

 

つまり、初めてクロを釣った串木野の時以来、爆弾、遠投カゴ、固定、半遊動、全遊動、水中ウキ、野間や佐多岬の瀬渡し、開聞岳、頴娃、内之浦の地磯、瀬々串港などいろいろ試したが、足裏サイズを超えるクロが釣れたことは無かったのである。

 

 しばらく間が開いたが、昨年2015年9月に突然瀬々串港でクロ釣りを再開した。が相変わらず大物の釣果は得られなかった。周りのベテランのおじさんは大物を1、2枚は釣って帰るのにである。悔しくても、教えを乞う謙虚さのない自分は、仕掛け、撒餌、付け餌、タナ取りなどを、遠くから眺めて参考にするしかなかった。試行錯誤したが、なかなか足裏サイズは掛からなかった。それでも数打ちゃあたるで、まぐれで30cmオーバーを1匹ゲットしたことがあった。常連のおじさん達が引き揚げた後、自分の撒餌にクロが集中したのかもしれないし、おそらくたまたま撒餌の打ち方が良かったのかもしれない。その後の釣行も、杓で約25m先の円錐ウキの手前に、ピンポイントに撒餌を打つことに集中したが、ノーコンは克服できるはずもなく、釣れないまま遂に、杓を使って餌を撒くことができないほど肩を壊してしまったのである。実を言うと、10年ほど前から始めたプール通いで、欲を出しバタフライに挑戦して、まず右肩、次いで左肩と痛めていたことが大きかった。ちなみに私は、左利きです。

 

 

斯くして本題の、「杓で撒餌を打てないクロ釣りおじさん」の研究(自慢話)が始まるのである。